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J. ポール・ゲッティーミュージアムとハーブ・リッツ

Posted in コレクション,New! by Administrator on the August 12th, 2011

ロサンジェルスのJ. ポール・ゲッティーミュージアムがファッション・ポートレート・フォトグラファーとして有名なハーブ・リッツ(1952‐2002)の69作品を同ミュージアムのコレクションとして入手したことがハフィントン・ポストに掲載されました。

Self Portrait

ハーブ・リッツは1952年カリフォルニア生まれで、大学で経営学を学んだあと、家業の家具店の経営を始めました。1977年に当時はまだ無名であったリチャード・ギア(映画アメリカンジゴロは1980年)のスナップ写真がきっかけとなりプロのフォトグラファーとしてデビューすることとなります。

Richard Gere

1980年代の半ばにはアメリカの超有名人達、シルベスタ・スタローン、マドンナ、ジャック・ニコルソン等のポートレートが高く評価されるところとなり、ハーブ・リッツ独特な透明感・みずみずしさといったスタイルが確立されました。


それからは有名雑誌、ヴァニティー・フェアー、ヴォーグ、GQ、ローリング・ストーンなどのカバーを飾りました。ハーブ・リッツが創り上げたファッション、コマーシャリズム、アートを融合させた写真はファッション雑誌で彼の作品を目にしないことはないくらいの人気でした。

しかし、2002年12月にハーブ・リッツはそのキャリアの最頂点にいる時、突然肺炎合併症で若干50歳で亡くなりました。

ゲッティーミュージーアムで写真部シニア・キュレーターのジュディス・ケラー女史は「ファッション界で芸術と商業の垣根を曖昧にするところとなったハーブ・リッツの重要なコレクションを入手できたことを大変喜んでいます。」「このコレクションのお陰でゲッティーミュージアムのファッション・フォトグラフィー部門が充実するとともに、ロサンジェルスを拠点とするアーティストの作品を収集するという私たちのコミットメントも満たすものです。」と述べています。

また、今回の作品収蔵にあたり多くの作品を寄付したハーブ・リッツ財団のディレクター、マーク・マッケイナ氏は「ハーブ・リッツはロサンジェルスの生活を余すところなく取り入れ、それが彼の作品に明確に表されています。」、「ハーブ・リッツの作品が権威のあるゲッティーミュージアムに収蔵されその場所が彼が愛してやまなかったロサンジェルスになるということはなんと素晴らしいことでしょう。」と言っています。

収蔵作品の主なものは芽を出し始めたばかりの新しいアメリカのヒーローを写し出した「Richard Gere」(1977年、サン・ベナーディノ市にて撮影)、

アメリカ人オリンピック飛び込み競技メダリストのポートレート作品、「Greg Louganis」 (1985年、ハリウッドにて撮影) 、

Greg Louganis

日本人ファッションデザイナー、三宅一生のドレスを写した「Wrapped Torso」(1988年、ロサンジェルスにて撮影)、

Wrapped Torso

Wrapped Torso

スーパーモデルの時代を確立させるかのような超有名ファッションモデルのグループポートレート作品「Stephanie, Cindy, Christy, Tatjana, Naomi」 (1989年、ハリウッドにて撮影)、

Stephernie, Cindy, Christy, Tatijana, Naomi

ヴェルサーチの最初のクチュールカタログを飾った作品「Veiled Dress」(1990年、エルミラージュ市にて撮影)や

Veiled Dress

世界的な舞踏家「Bill T. Jones」をシリーズで写し出した作品などです。

Bill T. Jones Ascent of Man

今回コレクションされる作品中には今迄展示、オリジナルプリント製造されたことがなく、ハーブ・リッツ財団に収められている以外には外に出たことがない作品などを含んでいます。

今回のゲッティーミュージアムのハーブ・リッツコレクション収蔵で、ロサンジェルスのアートシーンにまた新しいアトラクションが増えたことは間違いないような気がします。

今日は何の日 「フリーダ・カーロの命日 (Anniversary of Frida Kahlo’s Death)」

Posted in コレクション,New! by Administrator on the July 13th, 2011

1954年7月13日に47歳という若さで亡くなったフリーダ・カーロ。今日は彼女の命日です。

Photo of Frida Kahlo


Frida Kahlo : The Bus -1929

1907年にメキシコで生まれたフリーダは6歳の時にポリオに罹患し右足が不自由になり、さらに17歳の時には乗っていたバスが路面電車と衝突事故を起こし瀕死の重傷を負いました。この為フリーダのこれ以降の生涯はこれらの後遺症との戦いと、入院中に独学で始めた絵画の創造、また恋愛遍歴とが複雑に絡まりあった創作活動となりました。

Frida Kahlo : Luther Burbank -1931


Frida Kahlo : Frida and Diego Rivera -1931


Frida Kahlo : Henry Ford Hospital -1932


Frida Kahlo : My Birth -1932


Frida Kahlo : My Dress Hangs There -1933


Frida Kahlo : A Few Small Nips -1935


フリーダの才能をはじめに高く評価したのは後に夫となるディエゴ・リベラでした。彼女の生涯は何度か映画化されてもいますのでご存知の方も多いかと思いますが、ディエゴとの結婚生活は波乱に満ちたものでもありました。女性遍歴が有名であったディエゴはフリーダとの結婚後もそれまでと変わりのない女性関係を続け、また一方でフリーダも彫刻家のイサム・ノグチやメキシコに亡命していたレフ・トロツキーとの不倫を重ねるなど、やがて二人は1939年に離婚することとなります。しかし、1年後には復縁、再婚し、その後二人の結婚生活はフリーダの死まで続きました。

Frida Kahlo : Memory -1937


Frida Kahlo : The Frame -1937


Frida Kahlo : Self Portrait with Monkey -1938


Frida Kaholo : The Two Fredas -1939


フリーダの絵画は自己の内部表現を鋭く追及し、ラテンアメリカの色彩豊かな表現と、象徴的な対象の表現など、超現実主義、シュルレアリスムの世界と重なります。

フリーダが表現する世界はある意味、あまりにも赤裸々な自分を表すことでした。ディエゴとの愛憎、怪我の苦しみ、流産。美しい絵画であると同時に、目をそむけたくなるような現実も表現されています。彼女の作品を見る私たちに、フリーダ・カーロという本当の自分を伝えようとした一人の女性の記録であるのだと思います。

Frida Kahlo : Self Portrait 1 -1940


Frida Kahlo : Self Portrait with Thorn Necklace -1940


そして今から57年前のこの日、フリーダ・カーロは次のような言葉を残してこの世を去りました。

    「出口が喜びに満ちてるといい。私は戻りたくない。」

サンフランシスコMoMAに所蔵されるフリーダ・カーロの作品をディエゴ・リベラの作品とともに紹介したKFYAの動画がありますので、もしよろしければご覧ください。

タマラ・ド・レンピッカ Tamara de Lempickaの魅力

Posted in コレクション,New! by Administrator on the July 9th, 2011

                  
                           Self-Portrait

二つの大戦の間に花開き、その後のデザイン・美術・文化に大きな影響を与えることとなったアールデコ。その時期にヨーロッパやアメリカで絶大な人気と名声を誇った女性肖像画家、タマラ・ド・レンピッカ。

                  

彼女の生きざまはそのスタイリッシュで官能的な絵画表現とそのまま重なっているように思います。

裕福なポーランドの良家で生まれたタマラは16歳で美男でポーランド人弁護士のタデウシュ・ウェンピツキと結婚。しかし、その後に起こるロシア革命に巻き込まれフランスに亡命します。働き手とはならない夫に代わり絵描きとして身を立てることにするタマラ。持って生まれた才能と成功への強い意志とで瞬く間に当時のパリ上流社会で成功をおさめます。

                   

狂騒の20年代に彼女の代表的な作品を次々と描く一方、恋多き女性としてボヘミア的生活を謳歌します。1928年にはウェンピッキと離婚、1933年に長年のパトロンであったラルフ・クフナー男爵と再婚しますが、時代はヨーロッパを第二次世界大戦の場に移し、タマラはアメリカへとその生活の場所を移します。

第二次世界大戦は彼女に生活の場所を移させると同時にそれまでの耽美的な人々の嗜好をも変えて行き、彼女の作品もやがて過去の物へと人々から忘れらて行きました。

                

しかし、時代は再び変わり、タマラが亡くなる数年前には彼女の作品が再評価され、ファッション界、芸能界などの著名人がその作品をコレクションし始めました。

今回このブログで紹介するのは1970年代から1980年代にかけタマラの作品を収集したファッションデザイナーのウルフギャング・ジュープが行った2009年に行ったオークションと今年6月にロンドンサザビーズで落札された作品とを中心にいくつかの作品をご紹介したいと思います。

          

          

まず最初に、ウルフギャング・ジュープのコレクションでオークションにかけられた中で最も高値を付けたのは「マージョーリー・フェリーの肖像(Portrait de Marjorie Ferry)」。

               
                     Portrait de Marjorie Ferry

落札価格はバイヤーズプレミアムを入れて489万8500ドルで落札予想価格の400万‐600万の中にとどまりはしましたが、レンピンカのオークション価格の最高額(それまでの最高額は2004年5月「ブッシュ夫人の肖像(Portrait de Mrs. Bush)」が付けた459万9500ドル)となりました。これはリーマンショック後の世界的金融危機の中での大いなる検討だったと思われます。

                   
                       Portrait de Mrs. Bush

また、同額の落札予想価格であった「ド・レ・サル侯爵夫人の肖像(Portrait de La Duchesse De La Salle)は445万500ドルという結果でした。

                  
                  Portrait de La Duchess De La Salle

この時のオークションでレンピッカの作品は「ポーム・ロショウ嬢の肖像(Portrait de Mademoiselle Poum Rachou)」と「カラーの花とアーレット・ブッカール(Arlette Boucard Aux Arums)」がそれぞれ予想落札価格を大きく超え299万4500ドル、148万2500ドルという結果でした。

          
  Portrait de Mademoiselle Poum Rachou     Arlette Boucard aux Arums

また、8月にもジョープ氏の所有作品「レ・テレフォン II (Le Telephone II)」が予想落札価格80万‐120万ドルを大きく超える198万6500ドルで落札されました。

               
                         Le Telephone II

一方サザビーズの双璧であるクリスティーズでも2009年6月にレンピンカ1932年の作品「マダムMの肖像(Portrait de Madame M.)」がオークションにかけられ、それまでのオークション最高額であった先の「マージョーリー・フェリーの肖像」を抜き、バイヤーズプレミアムを含む落札額613万500ドルを記録しました。

               
                       Portrait de Madame M.

そして先月(2011年6月)サザビーズ・ロンドンで行われた印象派・近代美術オークション(先日のエゴン・シーレの作品と同時)で、1930年製作の「眠る女(Le Dormeuse)」が予想落札価格220‐320万ポンドに対し407万3250ポンド(米ドル換算で660万6812ドル)で落札され、レンピッカのオークション史上最高価格の落札となりました。

          
                        La Dormeuse

このように、この2年の間にオークションにかけられたレンピッカの作品はほぼその度にオークション史上最高値を更新しているのがお分かりいただけますよね。勿論、レンピッカの落札価格だけで申し上げるつもりはありませんが、先日も述べた通り、オークション・アート市場はやっと世界金融危機以前のレベルにほぼ戻った状態と言えるのではないでしょうか。

レンピッカの作品は個人的に大変好きで、ちょうど去年渋谷・東急本店横Bunkamura ザ・ミュージアムで開催されていた「美しき挑発『レンピッカ展 – 本能に生きた伝説の画家 -』」を見に行ってレンピッカの作品群に感動していましたので、このところの史上最高価格更新のニュースを聞いても、「やはりそうか」という感じでさほど驚きはしませんでした。

レンピッカの描き出した洗練された官能の美はこれからも確実に人々を魅了し、将来の取引価値も上昇していくことは間違いないだろうと思います。レンピッカは当然1920年代から1030年代にかけての作品が最も高く取引されていますが、比較的長い活動期間であったアーティストである為、作品はまだまだ市場に出回っています。ペンシル(鉛筆)やチャコール(木炭)の作品は現状でも1万ドル以下でのオークション取引価格となっていますので、これからコレクションを始めたい方にも向いているかもしれませんね。

マリリン・モンロー「伝説の白いドレス」

Posted in コレクション,New! by Administrator on the June 22nd, 2011

さて、本日は先日6月18日にカリフォルニア州、ビバリーヒルズで行われたオークション(競売会社プロファイル・イン・ヒストリー)で、映画「七年目の浮気」でマリリン・モンローが着用したドレスが460万ドル(約3億7千万円)で、予想落札価格の100万‐200万ドルを大きく上回り落札されました。

     

ニューヨークの歩道にある地下鉄通気口から巻き上げられる風でふわっと浮かび上がりモンローの魅惑的な脚が露わになるシーンは映画好きの人でなくともよくご存じのことかと思います。

このドレスは映画撮影の為にアカデミー衣装デザイン賞を受賞したデザイナー、ウイリアム・トラヴィラによってデザインされたもの。人絹(アセテート)製の白いプリーツスカートはマリリン・モンローのまねをする人がよく着ているので有名ですよね。

ウィリアム・トラヴィラはこの「七年目の浮気」の白いドレスに代表されるドレスの他に、「百万長者と結婚する方法」、「帰らざる河」など、モンローのセクシーな魅力を引き出す衣装のほとんどを彼が手掛けました。

このドレスは女優でハリウッド映画衣装のコレクターであるデビー・レイノルズ(「雨に歌えば」でジーン・ケリーと共演)がその他のハリウッド映画メモラビリアとともにオークションに出品したものです。デビー・レイノルズは1971年に20世紀フォックスからマリリンの衣装を全て購入した際、このドレスを手に入れていました。

このドレスにはいわくがあり、「七年目の浮気」でのこの白のドレスのシーンを見て激怒した当時の夫、ジョー・ディマジオはこの一件の2週間後マリリン・モンローと離婚してしまいました。

またこのオークションではマリリン・モンローの衣装では「紳士は金髪がお好き」で着用した赤のスパンコールドレスが予想落札価格の20万‐30万ドルを大きく上回る147万ドルで落札されたほか、

「ショウほど素敵な商売はない」と「帰らざる河」の衣装も合計120万ドルの値が付きました。

                
              

これまでのマリリン・モンローの衣装では1999年にオークションにかけられた1962年5月にジョン・F・ケネディー大統領の誕生日の際「ハッピー・バースデー」を歌った時に着用していた白いドレスが126万ドルで落札されたのが最高の額でしたから、その記録を大きく塗り替えたといってもいいでしょう。

因みに今回の「七年目の浮気」の白いドレスは電話でのビッターに落札され、オークションハウスへの手数料と税金を合わせると546万ドル(約4億3700万円)です。落札者の身元は非公開なので判りませんが、大変高いドレスの買い物であったことは確かですね。

他にもオードリー・ヘップバーンが「マイ・フェア・レディ」のアスコット競馬場でのシーンで着用したドレスも370万ドル(約2億9700万円)(予想落札価格20万‐30万ドル)、

エリザベス・テイラーが1944年の映画「緑園の天使」で着用した乗馬競技用の衣装が6万ドル(約480万円)、「クレオパトラ」の髪飾りが10万ドル(約8000万円)、

ジュディ・ガーランドが「オズの魔法使い」のスクリーンテストで着用したドレスとルビー色の靴がまとめて175万ドル(約1億4000万円)、

               
          

グレース・ケリーが「泥棒成金」で着用した衣装が45万ドル(予想落札価格3万‐5万ドル)、

ルドルフ・ヴァレンティノが「血と砂」(1922年)で着ていた衣装が25万8000ドル、

               

チャーリー・チャップリンが「チャップリンの失恋」でかぶっていた山高帽は13万5300ドル、

               

ゲイリー・クーパーの「ヨーク軍曹」(41年)の衣装が6万7650ドル、

               

マーロン・ブランドが「王妃デジレ」で着用した戴冠式での衣装が6万ドル、

               

マドンナが「エビータ」で着用した黒のイブニングドレスと靴が2万2500ドル、

               

マイク・マイヤーズが「オースティン・パワーズ:デラックス」で着用した衣装が1万1000ドルで落札されました。

               

今回のオークションの総売り上げは2280万ドルという結果でした。

現在ハリウッド(映画)関連のメモラビリアは大変高い価格帯で推移しています。やはり人気のあった映画、オスカーを受賞した映画の衣装や小道具などは大変強く、男優の物よりも女優の物の方が価格帯が高いように思われます。また、このようなメモラビリアの場合はドキュメンテーションとコンディションが大変重要です。

今回は往年のハリウッド映画関連メモラビリアのオークションでしたが、また面白いオークションがありましたらご紹介致しますね。