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失われたアート”Lost Art”(9/11同時多発テロ事件から10年を迎えるにあたって)

Posted in New! by Administrator on the August 29th, 2011

もうすぐあの9/11同時多発テロ発生から10年目を迎えようとしています。

今回は破壊されたワールドトレードセンターに存在した「失われたアート」について書いてみようと思います。(本事件で亡くなられた方々のご冥福をお祈りします。)

ニューヨーク、マンハッタンに建っていたワールドトレードセンター(以後WTC)は日系アメリカ人建築家のミノル・ヤマサキが建築デザインを行い、1973年に完成しました(’72に1WTC(ノースタワー)、’73に2WTC(サウスタワー)が完成)。WTCは、公共建築や大型ビルを建てる際にその建設費の1%をパブリック・アートの購入に充てるという、現在では全米各地に広まっている条例を適用した先駆的なビル群でしたので、様々な場所でアートを目にすることが多かった建物でした。

1WTCエントランスのロビー中二階壁にはルイーズ・ネーベルソンの作品「Sky Gate」、

Sky Gate by Louise Nevelson

2WTCのロビーにはホアン・ミロのタペストリー作品「The World Trade Center Tapestry」 等の大きな作品が、

# The World Trade Center Tapestry a 20' x 35' tapestry by Joan Miró

またWTCビル群の中心であるプラザにはフリッツ・ケーニッヒ (Fritz Koenig) の「The Sphere」が噴水の中心に美しく輝いていました。

The Sphere, by Fritz Koenig


The Sphere, by Fritz Koenig


The Sphere, by Fritz Koenig


この作品はケーニッヒが世界貿易を通して世界平和の象徴を表現したもので、WTCの崩壊後、大きなへこみや裂け目ができてはいましたが壊滅的な破壊はされずに残っていました。



作者のケーニッヒは当初この作品はこのテロで壊れてしまったと述べ、再展示にはあまり乗り気ではなかったとの事ですが、その後、自らがその修復と再展示に携わり、現在は9/11のメモリアルとして近くの公園(バッテリーパーク)に展示されています。

またその周辺には流政之の巨大な御影石の作品「Cloud of Fortress (雲の砦)」、

Cloud Fortress (1975) by Masayuki Nagare

WTC1とWTC2の間にはジェームズ・ロザッティ (James Rosati) のステンレス製彫刻作品の「Ideogram」などが設置展示されていました。

Ideogram (1967) by James Rosati

また1987年のWTC7建設後、アレクサンダー・カルダーの「The World Trade Center Stabile」が設置され、その形が曲がったプロペラのようだということから「曲がったプロペラ(The Cockeyed Propeller)」と親しみを込めて呼ばれていました。同作品はその30%ほどが崩壊した建物から発見されましたが、完全な復元は不可能との決断に至り、残った部分を別の作品にするための作業に入っているとの事です。

World Trade Center Stabile (1971) by Alexander Calder


World Trade Center Stabile (1971) by Alexander Calder

その他有名な作品としては、ハント・スロネムの壁画「Fun Dancing with the Birds」、

Fan Dancing with the Birds, a mural by Hunt Slonem

ロメール・べアデンのタペストリー作品「Recollection Pond」、

Recollection Pond, a tapestry by Romare Bearden

ロイ・リヒテンシュタインの「The Entablature Series」、

The Entablature Series by Roy Lichtenstein

1993年のWTC爆破事件の犠牲者を追悼するために爆発箇所に作られたエリン・ジマーマン作の「A memorial fountain」等がありました。

A memorial fountain for the victims of the 1993 World Trade Center bombing by Elyn Zimmerman

また、WTCビルにテナントとして入居していた会社にも多くの美術コレクションがされており、中でも1WTCの101階‐105階というほぼ最上階にオフィスを置き、658人の社員が犠牲となったボンドトレーディング会社のCantor Fitzgeraldはその創始者夫妻がロダン彫刻コレクションで有名で、約300点に上るロダンの彫刻、デッサン等が失われました。


撤去作業中に発見されたロダンのブロンズ作品残骸

9/11同時多発テロのうち、WTCに於いては2752人の尊い命が奪われ、また、貴重なアート作品の数々が失われました。パブリックアート、会社のアートコレクション等は当時の価格で約1億ドル以上の被害額だったとの事です。

しかし、この同時多発テロ事件をきっかけにアフガニスタン紛争、イラク戦争、今日でも続くテロ爆発として続いており、さらに多くの命や貴重な文化遺産が失われました。人間はアートのように言葉や国境を越えて人々に感動を与えるものを生み出すことができる一方で、その貴重なものを破壊できるものでもあります。

来月に10年を迎える9/11同時多発テロ事件を思い、今回のブログエントリーとなりました。

「対話の画像(Images in Dialogue)」パウル・クレーとアンドリュー・ショルツ

Posted in Art exhibit,New! by Administrator on the August 20th, 2011

ベイエリア在住でKYFAが提携するMarx&Zavatteroギャラリーがレプレゼントするアーティスト、アンドリュー・ショルツ(Andrew Shoultz)の作品が現在SFMOMAにて「対話の画像(Images in Dialogue)」と題されて2012年1月8日まで特別展示されています。

Andrew Scholtz: A Litany of Defense and, A Liturgy of Power (Came) from the Palm of His Hand

これはSFMOMAのキュレーター、ジョン・ザロベルがパウル・クレーの作品をベースとしてショルツに作品制作をしてもらい、作品を見る人々にその2つの作品から生み出される「対話の画像(Images in Dialogue)」を感じてもらうという企画提案したことににはじまります。

Paul Klee: Grosses Tier (Large Beast), 1928

Andrew Schoultz: Three Caged Beasts, 2011

ショルツは勿論、大作家であるパウル・クレーは知っていましたが、自己の作品がクレーに影響されているとは思わなかったと述べています。しかし、ショルツがクレー作品を研究するにつれ、例えば、繰り返しモチーフとして用いられている「馬」、「街」、「並行する線」など、自分の作品とクレーの作品の間に共通するものが多くあることに気が付き驚きました。

Andrew Shcoultz: Three Drowning Horses, 2011

Paul Klee: Was für ein Pferd! (What a Horse!), 1929

Paul Klee: Luftschlösschen (Little Castle in the Air), 1915

Andrew Schoultz: Cloud City, 2011

こうしてショルツはSFMOMAからの本企画に挑戦することとし、同美術館のクレー・コレクションの中から数点を選んび、作品製作に立ち向かうこととなりました。今回のショルツの作品制作は通常ショルツが製作する大型作品や手の込んだ展示とは違い、比較の元となる小さなクリー作品に見合う大きさに抑えて制作にあたりました。

その結果本展覧会を見るものに、大作家と現代画家が作品を創り上げていく過程の比較と、如何に時代や世代を超えて共通するものを二人が持っているかなどが分かるという大変興味深いものとなりました。

実をいうと、私もMarx&Zavatteroギャラリーのオーナーに今回の話を聞いたときは、ショルツとクリーに果たして共通点があるのだろうかと思ったのを思い出します。前述のようにショルツの作品は大型作品が多く、またその手の込み様は、あまりにも真剣に見てしまうと、見る者の方が神経を衰弱してしまうほどであり、私が持っていたクリー作品のイメージとはかなり違うものでした。

しかし、今回のこの企画展で、この二人のアーティストがその時代背景を色濃く、また風刺を交えて作品に描き出していることや、クレーの作品が視覚的に魅力的であるだけではなく、観念的な象徴性が作品を見ると自動的に鑑賞者に意識され、かなり細かい統一性を持ちながらリズミカルに表現されていることが、ショルツの描き出す細微にわたった象徴性と繋がることなどを感じました。

1世紀を隔て二人のアーティスト作品がその絵を通して対話をしているような、まさに「対話の画像(Images in Dialogue)」というののふさわしい展覧会になっていると思いました。

もし本企画展が開催中にサンフランシスコに来られる機会があるようでしたら、是非ご覧いただきたいと思います。また、ショルツの作品に関してのお問い合わせがありましたら、お気軽にご連絡ください。

J. ポール・ゲッティーミュージアムとハーブ・リッツ

Posted in コレクション,New! by Administrator on the August 12th, 2011

ロサンジェルスのJ. ポール・ゲッティーミュージアムがファッション・ポートレート・フォトグラファーとして有名なハーブ・リッツ(1952‐2002)の69作品を同ミュージアムのコレクションとして入手したことがハフィントン・ポストに掲載されました。

Self Portrait

ハーブ・リッツは1952年カリフォルニア生まれで、大学で経営学を学んだあと、家業の家具店の経営を始めました。1977年に当時はまだ無名であったリチャード・ギア(映画アメリカンジゴロは1980年)のスナップ写真がきっかけとなりプロのフォトグラファーとしてデビューすることとなります。

Richard Gere

1980年代の半ばにはアメリカの超有名人達、シルベスタ・スタローン、マドンナ、ジャック・ニコルソン等のポートレートが高く評価されるところとなり、ハーブ・リッツ独特な透明感・みずみずしさといったスタイルが確立されました。


それからは有名雑誌、ヴァニティー・フェアー、ヴォーグ、GQ、ローリング・ストーンなどのカバーを飾りました。ハーブ・リッツが創り上げたファッション、コマーシャリズム、アートを融合させた写真はファッション雑誌で彼の作品を目にしないことはないくらいの人気でした。

しかし、2002年12月にハーブ・リッツはそのキャリアの最頂点にいる時、突然肺炎合併症で若干50歳で亡くなりました。

ゲッティーミュージーアムで写真部シニア・キュレーターのジュディス・ケラー女史は「ファッション界で芸術と商業の垣根を曖昧にするところとなったハーブ・リッツの重要なコレクションを入手できたことを大変喜んでいます。」「このコレクションのお陰でゲッティーミュージアムのファッション・フォトグラフィー部門が充実するとともに、ロサンジェルスを拠点とするアーティストの作品を収集するという私たちのコミットメントも満たすものです。」と述べています。

また、今回の作品収蔵にあたり多くの作品を寄付したハーブ・リッツ財団のディレクター、マーク・マッケイナ氏は「ハーブ・リッツはロサンジェルスの生活を余すところなく取り入れ、それが彼の作品に明確に表されています。」、「ハーブ・リッツの作品が権威のあるゲッティーミュージアムに収蔵されその場所が彼が愛してやまなかったロサンジェルスになるということはなんと素晴らしいことでしょう。」と言っています。

収蔵作品の主なものは芽を出し始めたばかりの新しいアメリカのヒーローを写し出した「Richard Gere」(1977年、サン・ベナーディノ市にて撮影)、

アメリカ人オリンピック飛び込み競技メダリストのポートレート作品、「Greg Louganis」 (1985年、ハリウッドにて撮影) 、

Greg Louganis

日本人ファッションデザイナー、三宅一生のドレスを写した「Wrapped Torso」(1988年、ロサンジェルスにて撮影)、

Wrapped Torso

Wrapped Torso

スーパーモデルの時代を確立させるかのような超有名ファッションモデルのグループポートレート作品「Stephanie, Cindy, Christy, Tatjana, Naomi」 (1989年、ハリウッドにて撮影)、

Stephernie, Cindy, Christy, Tatijana, Naomi

ヴェルサーチの最初のクチュールカタログを飾った作品「Veiled Dress」(1990年、エルミラージュ市にて撮影)や

Veiled Dress

世界的な舞踏家「Bill T. Jones」をシリーズで写し出した作品などです。

Bill T. Jones Ascent of Man

今回コレクションされる作品中には今迄展示、オリジナルプリント製造されたことがなく、ハーブ・リッツ財団に収められている以外には外に出たことがない作品などを含んでいます。

今回のゲッティーミュージアムのハーブ・リッツコレクション収蔵で、ロサンジェルスのアートシーンにまた新しいアトラクションが増えたことは間違いないような気がします。

今日は何の日?ルイ・ヴィトン(Louis Vuitton)の誕生日

Posted in New! by Administrator on the August 5th, 2011

今から187年前の今日、1824年8月4日にLouis Vuitton Malletier(ルイ・ヴィトンの創業者)が誕生しました。

ルイは1854年に旅行用カバンの専門店をパリにて創業。その後、1867年のパリ万国博覧会でメダルを獲得し、世界的な評価を得ることとなりました。

当初の旅行用カバン(主にスチーマートランク)は木地にモノトーンの耐水カンバス張の技法でしたが、名声に乗じたコピーが出回ってしまい、1872年にベージュと赤みがかった茶色のストライプを配したカンバスのデザインを使用してこの対策を図りましたがこれもコピーされるところとなり、今度は1888年にベージュと茶褐色のチェックにヴィトンの銘が入った「ダミエ・ライン」を考案し、エッフェル塔が建設されたパリ万博で金賞を受賞するに至りました。




しかしこの「ダミエ・ライン」は商品登録されていたにもかかわらずやはりコピー商品が出回ってしまい、1896年に後にヴィトン社のトレードマークとなる「モノグラム・ライン」が誕生することとなりました。

ヴィトン社はこの頃既にに創始者のルイから息子のジョルジュの経営に代わっていて、ジョルジュは新興国として巨万の富を築き、富裕層が多くいるところとなったアメリカにその販路を拡大し、また、当時まだ黎明期であった自動車に目を付けそれ用の旅行鞄を創作するなど、ヴィトン社の黄金時代を築きました。



ご存知の方も多いと思いますが、ヴィトンの「モノグラム・ライン」は日本の家紋を基にしています。欧州の家紋は複雑に家系や婚姻を表すロゴが多かったのですが、開国により欧米の人々に「ジャポニズム」というブームを19世紀にもたらした日本の家紋デザインは極端にその表現するものをデザイン化し、シンプルに表しています。


コピー商品との戦いを続けていた(現在でもそうですが)ジョルジュがこの日本の家紋にヒントを得てルイ・ヴィトンの「モノグラム・ライン」を作り出したのは、どこか日本人のヴィトン好きと関係がありそうだと思うのは私だけでしょうか。

実をいうと私は昔ヴィトンのロゴがどうも好きになれませんでした。80年代には日本のバブル景気とともに如何にも「ブランド物」というイメージが強すぎて、そのひけらかすというかあからさまという様なロゴを持つ製品が何故そのように人気があるのか理解に苦しみました。

しかし、ある頃からヴィトン社の歴史、その品質管理、イノベーション性等を学ぶうちに時代を経ても変わらない人気が次第に分かるようになりました。

今から100年ほど前に製造されたヴィトンのスーツケースを手に入れた時にそのクオリティーに目を見張り、ヴィトンの製品をもっと知りたいと思うところから始まりました。

100年以上も前に作られた物であるにもかかわらず、現代の製品とほぼ同じデザインで、現役としても十分に使用できる状態のものでした。時代を経ることにより実用品として造られたそのスーツケースは勿論疵があったりしましたが、人々に愛され使われてきたからこそ生まれるアンティークの家具のようなパティーナや威厳がそこにはありました。

このように古い、アンティークのヴィトン製品には新しい製品が持ちえない存在感があります。この素晴らしい魅力を求めてヴィンテージのヴィトンを扱うところが幾つかあります。例えばミラノにあるバーナーディーニ・ラグジャリーヴィンテージやロンドンのアンティークの店ベントレー等です。(KYFAでもアンティーク・ヴィトンを扱っております。ご興味のあられる方はお気軽にご連絡ください。)


また、ヴィトンを愛してやまない方にはパリから半時間ほどの所にLouis Vuitton Heritage House(Louis Vuitton Museum in Asnières)があります。ここにはヴィトン一家が1964年まで住んでいた住居と特別注文製品を製作する工房があり、見学することができます。




パリにあるヴィトンのミュージーアムももちろん素晴らしいですが、この場所はルイ・ヴィトンが住んでいたところで、ここからヴィトンの歴史が始まったと思わせる何とも情緒豊かな場所です。



もしもっとルイ・ヴィトンの素晴らしいクリエーションをお知りになりたい方には「100 Legendary Trunks Louis Vuitton」という本があります。これまでにルイ・ヴィトンが創り出した素晴らしい作品の数々が美しい写真とともに掲載されています。

今日は150年の時を経ても人々を魅了するルイ・ヴィトンの誕生日ということで本エントリーとなりました。