kenjiyokoo.com Blog


SFMoMAの「THE STEINS COLLECT Matisse, Picasso, and the Parisian Avant-Garde」に行ってきました!

Posted in Art exhibit,New! by Administrator on the June 1st, 2011

5月21日から始まった「THE STEINS COLLECT Matisse, Picasso, and the Parisian Avant-Garde」展をサンフランシスコMoMAで観てきました。

実を言いますとお恥ずかしい話よく知らなかったのですが、スタインコレクションというのはアメリカの裕福なスタイン家の兄妹達(レオ、ガートルード、マイケルとその妻サーラ)が20世紀の初めにパリに住み始め、当時はまだ大衆には理解されていなかった前衛芸術、マティスやピカソなどの作品を集めたところから来ています。今回の展覧会で分かったのですが、彼らの経済的、精神的な援助などから、パリで花開いた当時の芸術革命に火がついたといっても大げさではないように思えます。

今回SFMoMA行われている展覧会は、現在は様々な理由で散逸してしまったマティス、ピカソ、セザンヌ、レノアール、ロートレック等などのスタインコレクションを一堂に集めての展覧会です。今回集められた作品の中にはマティスの「Blue Nude(ブルー・ヌード)」(ボルチモア美術館所蔵)と「Salf-Portrait(自画像)」(コペンハーゲン、スタテン博物館所蔵)やピカソの有名な肖像画「Gertrude Stein(ガートルード・スタイン)」(メトロポリタン美術館所蔵)などがあります。

Henri Matisse, Blue Nude: Memory of Biskra, 1907; The Baltimore Museum of Art: The Cone Collection; © 2011 Succession H. Matisse/Artists Rights Society (ARS), New York

Portrait of Gertrude Stein, 1906, Metropolitan Museum of Art, New York City

このように簡単に言葉で表すとあまりインパクトがありませんが、スタイン家のそれぞれの人物達が収集した作品の数々を目の前にすると、果たしてこの表現が正しいのかどうかは分かりませんが、これほどまでの作品を裕福ではあるけれども、超がつくような大金持ちではなかったスタイン家の人々の審美眼と先見性に、どこか背筋がぞっとするような興奮を覚えずにはいられませんでした。

スタイン兄妹ではガートルード・スタインが作家(著者)として有名ですが、1903年から1914年までガートルードと兄のレオの二人は共にパリで暮らしました。二人はセザンヌやルノワールなどの現代美術の初期作品の収集を始め、まだ当時は無名であったピカソ(ガートルードはピカソと友人になり、彼女自身や甥のアラン・スタインの肖像画を描いてもらっている)、マティス、アンドレ・ドラン、ジョルジュ・ブラック、フアン・グリスなど若い画家達の初期の絵画を収集していきます。


[上写真は1913年頃のスタイン兄妹のフルリュース通り27番のサロンの様子。壁にかかる絵画が、ピカソ、マティス、セザンヌなどであることが分かります。]

第一次世界大戦が始まる前、二人のパリ、フルリュース通り27番にあるサロンには、これらの画家やその他の画家および前衛 芸術家が惹き付けられました。

スタイン兄妹の収集品は、彼らがフルリュース通り27番で生活している間に開催された2つの展示会にも反映され、収集品を貸与したり、主役となった画家の援助をすることで貢献しています。1つめは1905年に開かれたパリ・サロン・ドートンヌであり、マティスやドラン等の一群の作品が原色を多用した強烈な色彩と、激しいタッチで描かれていることからフォーヴィスム(Fauvisme、野獣派)と呼ばれるようになる一派をパリの画壇に紹介して衝撃を与えました。スタイン兄妹はこの展覧会のすぐ後でマティスの「帽子を被る婦人」とピカソの「花籠を持つ少女」を入手しています。

また2つめは、1913年にニューヨークで開催されたアーモリーショーであり、当時のフランス現代美術がアメリカに初めて紹介され、賛否両論の大きな話題となりました。この展覧会は以降の美術界に限らず、アメリカに衝撃的とも言うべき大きな影響を与えたことは間違いありません。

また、今回の展覧会で初めて知ったことはマティスとピカソがスタインを通して1905年に知り合ったということ。展示されている作品の中にはピカソがマティスに対する競争心から描いたとされる作品や、ピカソがのちのキュービズムへと向かっていく契機の一つとなったことが実はアフリカン・アートを収集していたマティスのアトリエでアフリカのアートに出会ったことによるものであったことです。

Pablo Picasso, Head of a Sleeping Woman (Study for Nude with Drapery), 1907; Collection The Museum of Modern Art, New York

また、マティスが創造活動を行う上で精神的支えとなっていたのがそのアートをほかの誰よりも早く認めていたサーラ・スタインであり、マイケルとサーラが1907年にサンフランシスコ大地震のために帰国中、初めてアメリカにマティスの作品を紹介したことや、二人の40作品に及ぶマティスの収集作品がベルリンで展覧会に貸し出されている時に第一次世界大戦が勃発し、その作品が手元に戻ってこないことを悲しむサーラを慰めるためにマティスがサーラとマイケルの肖像画を描いたことなど、如何にサーラが深くマティスに影響したかなどが判りました。

Henri Matisse, The Girl with Green Eyes, 1908; oil on canvas; Collection SFMOMA

この展覧会は一度に全ての物を見ようと思ってもかなり難しいぐらいの量(絵画彫刻作品200点余り、その他資料、写真、ビデオ映像など)と質があり、また必ず出かけて行かなくてはいけないと思わせるものでした。この展覧会は9月の6日までサンフランシスコMoMAにて開催されています。その後、パリとニューヨークでも展覧会が開催される予定です。皆さんももし機会があれば、是非ご覧いただきたい展覧会です。

Leave a Reply