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写真を楽しむ

Posted in New! by Administrator on the October 1st, 2010

現在発売中の雑誌、Penにおいて「撮る」「見る」「買う」の楽しみ方が分かる写真の学校という面白い記事がありましたのでご紹介します。(No.276 10/1/2010)

これは私見ですが、写真を撮ることは昨今のデジタルカメラの普及で簡単に出来ることが可能になった現在、あまり意識をして写真を撮らなくなっていることが多くなっていると思います。技術革新のお陰でみんなが普通に綺麗な写真を撮れるし、コンピューターのソフトを使えばいらないものを消したり修正したり。。。これはとても便利なことですし、新しい写真の可能性を拡大していると思います。この号のPenではその写真にもう一度フォーカスを当てて、アートなこととしてみてみましょうという特集です。

それでは先ずは「撮る」。Penでは4人の写真家に撮影の極意を聞いています。その中の一人上田義彦氏は外国の風景、ポートレートの名手で、彼が語る撮影のポイントは「なんでもない風景にも新鮮な何かを感じ取れる、その場に滞在してから数日以内に数多くシャッターを切るべし。自分の気配を消して、静かに対象に向かうこと。自分が好きなカメラで撮るのも大事。何より不可欠なのは、撮る人の感動や喜びだ。」そうです。彼が写し出す世界は確かに静かでありながらも、どれもが力強い世界です。

また静物を独特の世界で大変美しく写し出すのは泊昭雄氏。彼が撮る静物は単に物であるはずなのに、そのモノは美しく、氏の言葉を借りると「上品」なんです。どのようにしてそのように撮るのかのポイントは「面ではなく、線で捉えよ。一つの線を捉えることで、モノの本質を捕まえられる。絞りを『開放』にして近づくことで、一本の線は浮かび上がってくる。」という。被写体は静物であるがそのモノの「佇まい」を見るそうです。その視点ではモノも光も現場の全ては等しく大切で、それらの「佇まい」が合ったときにシャッターを切ると泊氏は語ります。

さて、次に写真の「見かた」としていま面白い写真とはどんなものかということで、写真の目利きの人たちにインタビューをしています。ニューヨークでギャラリーを経営するヨッシ・ミロ氏は「一度見たら忘れられなくなるような、記憶に刻み付けられる写真」や「作家がどれだけの人の心に響く表現が出来るかということ」がアートとしての作品を見るポイントだといいます。

また、町口覚氏と姫野希美氏の対談インタビューで写真批評家の竹内万里子氏は「世の中では「わかりやすいこと」がもてはやされているけど、写真を見るときにはわけがわからない状態をどれだけ楽しめるかというのが一つのコツ」と話す。町口氏は「写真を見るじゃなくて「読む」」のだと言う。また姫野氏は言う、「ただ写っているものをを見ているわけでもない。では何を見ているのかという疑問は常にあるんだけど、そこに写真を見る行為の快楽を感じているし、怖い部分でもある」と。そして対談の最後に竹内氏は「見る人が自分の中に流れている時間だとか、自分が置かれた場所を意識しながら写真を見ることも、すごく大事だと思う」と述べ、町口氏は「ただ見せられていもだめ。見せられることと見ることは全く違う」とし、姫野氏は「そういうことに気をとめることで「見る」ということが立ち上がってくるのではないでしょうか」と結んでいる。

私もアートを扱わせていただく者として「写真」を「見る」ことはよくあります。それは決して難しいものではないと思っています。分かろうと思う必要はなく、ただ「見る」こと。写されているもの、時間、空気等が感じ取れませんか?そこには色々な感情、それは見ている自分のものかもしれないし、写されているモノからのものかもしれませんが、その写真が撮られた瞬間を感じてみてください。その瞬間は既に過去のことでありながら写真というモノを通して私達は見ているのです。作品は綺麗であったり、怖かったり、和んだり…、色々な湧き出す感情を大切にしてみて下さい。これが「読む」ことなのではないでしょうか。

最後に「買う」について写真を現代アートとして購入することの記事からです。

ニューヨーク・タイムズ・マガジンフォトディレクターのキャシー・ライアン氏は「アートといわれる写真は実在の世界から何かを抜粋して抽象的なイメージの作品をつくること。斬新かつ思想的な視線を持ってテーマに対する最高のコンセプトを生み出した時はとても素晴らしい作品になるのです」と言う。よい写真の基準とは「心が動かされるものです。写真自体に力強さがあり、また、美しい構成や光、そして色調……。純粋なアートでもある。そうした心が動く作品こそよい写真であり、見る者に訴えかけるものとなるのです」と語ります。

私もライアン氏の述べていることはまさにその通りだと思います。アートとして写真を考える場合、先ずその作品が見ている人の心に響くかどうかだと思うのです。是非実物の写真、オリジナルプリントを見てください。その質感や空間を体感してみて下さい。どのように美しく印刷された写真集でも実物の写真とは比べられません。オリジナルを目の前にすると全く違った感動を感じられると思います。

ただ、対談記事では「日本でも写真に興味を持つ人が増えているがアート市場は未成熟であると言わざるを得ないとし、日本経済は製造業で成り立たず、これからはアートや文化的ソフトが日本経済への影響力を増していくと思う」とも述べられていて、これからの日本のアート界への貢献をも示唆されています。

確かに昨今はアートとしての写真展が大変人気を集めていますね。私もこれは素晴らしいことだと思います。「買う」については後述するコレクターでも触れますが、写真アートは現代アートの中でも大変注目を浴びていますし、興味がある方には入っていきやすいものだといえます。

また本特集の中には「コレクターが伝授、飾る写真という発想」は特に日本のコレクター、またはこれから写真コレクションを始めたいという方にはぴったりの記事でした。

私のお客様から時々聞かれる質問の一つに「作品を購入したいのだけど、飾る場所がない」ということです。確かに日本の住宅は大きな壁があまりなく、また興味のある現代アート作品が現状の家のインテリアに合わないと思われる方もおられます。ただ、私はこれは発想の転換の問題だと考えます。

記事では2コレクターのことについて書かれていますが、これらニューヨークのコレクター達はインテリアの一部としてごく自然に写真と暮らしています。写真は現代アートとしての地位を確立してはいますが、これから現代アートのコレクションを始めたいと考えられている方にとっては価格的にも大変魅力的です。NYMOMAやテートモダンなどに収蔵されている作家の作品と同じものがご自分の家で普通に見ることが出来るって素敵じゃありませんか?勿論、既に評価の定まった著名な作家の作品は写真といえどもかなり高額にはなりますが、最初はもっと楽に考えて、まだ若い作家や中堅の作家の作品は数万円から数十万円の範疇で入手することも可能です。また、一点の作品だけではなく、数点の作品を同時に飾るというのも写真作品であればこそ可能なことであると思います。

先程、発想の転換といいましたが、これなんだと思います。私は日本人ほどアートが好きでよく展覧会に行くという文化は他には無いように思います。それほど日本人にはアートが受け入れられているのだと思います。ところがアートのコレクション(実際に自分で所有する)となるとよっぽどの富裕層の方達だけのことと思われている方が多くあります。

先ずは一つでもいいですので気に入ったアートをご自分の家に飾ってみて下さい。その一つの作品が持つ人に与える影響は無限のように思います。よい作品は見る人(特に所有者)が違った気分、状況で変化して見えたりしますし、ずっと長く所有していてもあるとき突然全く見えていなかったことが見えてくることがあったりするのです。ですので、写真ほど親しみ深く、入っていきやすいアートは他にはないかもしれません。また写真作品にはサイズの別エディションがあったりして、オリジナルでも小さめのサイズがあったりすることがあります。それであれば、大きな壁で悩んでおられた方の問題はある意味解消するのではないでしょうか?

このトピックを選んだからではありませんが、7月に来日されたアメリカの写真家Davis&Davisから日本の皆さんへ特別に「Childish Things」シリーズから一回り小さい作品群がオファーされることとなりました。

この小さい作品はDavis&Davisのレセプション時に多くの参加ゲストから日本の家にも楽に飾れるサイズはないですかというリクエストに対しお二人が特別に5エディションだけ作成されたものです。しかも、同シリーズのうちの29作品が入手可能という素晴らしい企画です。詳細につきましてはKFYAのサイトにて別途お知らせいたしますが、ご興味のある方はお早めにご連絡をいただければと存じます。

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